日記

難民キャンプに鶏小屋がたちました


同性愛者を死刑にしろという法案が国民みんなに支持されるという過酷なウガンダで生きるLGBTの人たちを描き、とても反響を呼んできました。

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Photography c 2010 Katherine Fairfax Wright

写真はウガンダのゲイ活動家の父と呼ばれるディビッド・カトー(左)とその母。

この映画に日本語字幕をつけて各地で上映会をしてもらうプロジェクトに2014年から関わってきたのですが、国内上映会は30回近くとなり、こちらの売り上げを一部カンパする形で、ウガンダのLGBT難民を支えられることになりました。

それがこちら。ウガンダからケニアに逃れたLGBT難民たちのキャンプに立った鶏小屋です。

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毎日、鶏たちが卵を産んでくれています。ヒヨコもやってきました🐥


ゆうちょ銀行 
記号10110  番号60109401   
ニジトモ アフリカ
他の銀行から振り込まれる場合、
店名 〇一八 
(読み ゼロイチハチ)
店番 018 普通預金
 口座番号6010940 
ニジトモ アフリカ
にじともアフリカさんのブログでは難民たちの生活の様子も学べます。

ご支援していただける方はぜひお願いします!

上映会されたい方もお気軽にご連絡ください。上映料が実費程度かかります
👉 idaho_netアットyahoo.co.jp
(アットは@に変換)
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新しい職場のブログに出ました(照

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”一歩を踏み出すと見える景色は変わるよ”

4月からChange.org Japanに新メンバーが増えました!

新しい職場のブログに掲載されました(照)

自分も活動をはじめたときは右も左もわからない10代だったけど、声をあげてみたら繋がってくれる人はとても多かった。

おかしいなと思ったとき、やれることはいくつもあるんだと希望を持てる社会にしたいっすね。



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4月から職場が変わります

5年ほど務めた前職を卒業して、4月1日よりオンライン署名サイトを運営しているchange.orgに職場を新しくすることにしました。

日本社会の閉塞感をうちやぶるお手伝いができればと思います。世の中変えたい人、一緒にキャンペーンやりましょう。

まずは仕事おぼえないとなー。


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辞書ネタの続き

三連休の初日ってなわけで、辞書は性の多様性をどう扱えるのかてテーマで雑誌に書いている。


過去のイミダスが余計すぎる一文

男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い
というのを1994年に削除していたことなどをみてビビってるんですが(昔の辞書や百科事典はほんとひどい)、異性愛中心主義批判がぶっ飛びそうなのが『新明解国語辞典』(第7版、2011年)の恋愛の項目。

 

特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと


とのこと。大丈夫か。



新明解を出している三省堂書店の「三省堂国語辞典」(第七刷、2014年)は恋愛について


人を好きになって、遭いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)


と性別中立的。


となると、新明解の次回改訂時はヘビーな世界観を引きずった上でジェンダーニュートラル化するのか楽しみですね。







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「反日サヨク」「自民のおっさん」を超えて

自民党の重鎮だった野中広務さんが亡くなったということで、この本のことを思い出した。


在日コリアンで人権活動家の辛淑玉さんと野中さんの対談本だ。


このブログを読んでいる方の政治思想はわからないが、おそらく辛淑玉さんを好きだという方が「自民党のおっさん」の大ファンということはないだろうし、その逆もないだろう。

辛淑玉さんといえば、自民党支持層から見たら反日サヨクのとんでもないやつにうつるのではないか(ちなみに私は彼女のことをとても尊敬している)。

本の中で、野中さんは自身が被差別部落出身であることでどれだけ苦労してきたかを語る。

議員になる前、大阪鉄道局で可愛がっていた後輩に「でもあの人は地元では部落の人だ」と言われ、四日間眠れず退職したこと。

議員になり自民党内の権力闘争にのぼりつめても、麻生太郎氏に「野中みたいな部落の人間が総裁になってどうするんだ」と嘲笑される。

議員を引退しても、気にかかるのは家族。野中の子ども、野中の家族だと思われたら差別される。だから、自分の娘が劇団を作っても、そこには足を運べない。

野中  僕には子どもが一人いて、娘なんだ。婿をもらったんだけども、婿には「おまえの姓を名乗れ」と言った。「そうでなかったら、おまえが小学校の頃から積み上げてきたことがすべてゼロになるぞ。だからこれまで使ってきた自分の姓を名乗れ」と。僕には苦い経験があるからね。
それでも僕が有名になればなるほど、うちの娘や娘婿にも、波紋が広がっていく。婿が一生懸命に仕事をする、娘も一生懸命に劇団をつくったりなんかしている。ところが、つめたーい目で見られると。

そんな野中さんに対し、辛さんがこう返す。
辛 私が野中さんの子どもだったら「野中の子どもです」とかって言ってしまうかも。
野中 あんたはそういう……(笑)

野中さんが心の中で願っていたことを、辛さんは冗談めかして言ってあげたんじゃないだろうか。

差別問題について語るとき、人はあれこれ箱を用意して、レッテルを貼り付ける。多くの日本人は在日コリアンの問題を自分には関係ないものだと片付けるし、声をあげる人を反日サヨクなどと片付ける。

差別問題に声をあげる人も、考え方の異なる相手のことを一枚岩のように、傷ついたことのない人間のように描くことがある。

人にはそれぞれ日常的な役割がある。政治的立場がある。

しかし、人は生身の人でもある。

差別問題を生身の人間というレベルに戻した本として、やはり貴重な一冊ではないか。差別というトピックが箱に入れて語られること、反差別という当たり前のことが特別なことにされている社会は、もうこりごりだ。

異なる立場にもかかわらず対談なしえている野中さんや辛さんから私たちが学ぶことは多い。

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ラジオ収録でした

「LGBTと医療・福祉」冊子ができました!  
小中学校の教科書にもLGBTを載せよう
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渋谷の街でラジオ収録をガラス張りでしてたら、若い3人組がクレープを食べながらこっちをずっと見ていた。お呼びいただいたのShibuya Cross FM さん。


たまたまクレープを食べてたら我々が収録してたのか、収録を見に来たらたまたまクレープを食べたくなったのか。


わからないけど、手を振ると振り返してくれる。うれしくて、収録おえてすぐに部屋を飛び出して尋ねた。


「中学生?」

なぜか3人爆笑。大学生らしい。

たまたまクレープ食べてたら、ラジオでLGBTと言ってたので聴いてしまったと。こちらが何歳に見えるか尋ねてみた。

22歳らしい。


街でクレープ食べてたら、コミュニティFMでLGBTのこと話してるようなのが日常風景になる時代に、子どもをやってたらよかったと思った。


昔の教科書って、こんなうそみたいな異性愛主義だったんだって、クレープ食いながら10代の子が呆れるような社会にしたい。


ていうか、クレープ食いたい。


今日のテーマは学習指導要領でした。


ほっこりした

「LGBTと医療・福祉」冊子ができました!
・ 大学生、池袋に来ませんか? 

・3月21日(月・祝)、GID学会の翌日に、映画『トランス物語に抗して』上映会&トークを企画することになりました。よかったらぜひお越しください
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「ビルと環境」というビルメンテナンス業界の雑誌を職場で定期購読しているのだが、その中のエッセイが面白かった。
 

世田谷にある等々力渓谷に、いかにもイマドキの若者といった感じのお洒落な男性ふたり組がやってきた。で、ひとりが、とても素直に「うわ〜、おれ、こんなところに来れて、いますごく幸せ。今日は連れてきてくれて、どうもありがとう」と、もう一人に話しかけていたのだという。


このエッセイを書いた人は、男ふたり組でこのような場所にきて、これだけ素直に気持ちを表現できることが、いかにも最近の若者という感じで、とても好ましく思った、桜の季節になったら、また彼らに会えないかと楽しみにしている、とエッセイを締めくくっている。


「恋人だったんじゃねーの?」という突っ込みを当然いれたくなるエッセイだったんだけれど、二人の関係性というのは、この際どうでもいい。

おそらくは異性愛者であろう筆者にとって、性別にこだわらず、素直に、好きなものを好きだと言える若者のことがちょっとうらやましかった、というのが、とてもいいなぁと思う。


LGBTに対するリカイというよりも、このような共感のセンスが広がっていけば、多様な性にYESというのは、みんなのものになると思って、ほっこりした。

久々に、日記でした。
 

尊厳と気遣い

共著『思春期サバイバル』年明けに続編出るよ(←この左横にある本) 

・ 10000人の医療・福祉関係者にLGBTのニーズを知ってほしい!

・ シノドスに「LGBTと『異常動物のゆくえ』寄稿
   自死対策シンポジウムに出ます

・ LGBT成人式@埼玉に出ます
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今日のクローズアップ現代が重たかった。終末期医療の話。
 

おいらの学生時代の記憶では、アメリカの獣医の世界だと安楽死はファイナルギフトと呼ばれるとても大切なもので、その話をきちんとすることこそが倫理的だということだった。ここが人間の医療とはかなり違うところで、動物は話せないから、動物が苦しむと飼い主は後になってから「自分のせいだ」とすごく考えやすいんだよね。

で、飼い主の自責感や悲嘆を和らげるために、その犬や猫に飼い主がしてあげる最後の贈り物が、大事な人みんなで集まって、優しい思い出と共にお別れをすることだと習った。


大切な人を亡くすと、悲嘆はいつでも、自責の念としても現れる、多かれ少なかれ。自分があーしていれば、こうしていれば、と。でも、人間でのそれは動物と違っていて、それは気兼ねと尊厳の問題だと思う。


同性パートナーの面会権やらの活動をしているおいらだけど、最後だれに会いたいかは微妙な話だなと思う。それは気をつかっちゃうからだと思う。安心してください、大丈夫ですよ的な。大丈夫じゃねぇんだけどね。


昨年は入院中に、間接的にいろんな人の死を見聞きした。自分の極限状態も経験した。


苦しくて話もしたくないときには、家族や友人、好きな人に会いたくもないと思った。結局のところ、自分の場合には、死ぬときに誰を立ち会わせたいかって、「遺された人の立場に立って」どこまで悲嘆を和らげてあげるのかって話なのかもしれない。

どんな最期か知りたいじゃん。自分が残される側だったらさ。


麻酔から覚めて手術室から出てきたとき、おいら家族見て最初に言ったのが「もう帰ってくれ、帰っていい」だったのね。声も出なかったんだけど。

で、翌朝もずっと「とにかくこないでくれ」と、なんとかしてメールを打ちたくて、でもメールさえ打てなくて数時間「くるなー!」って、朝からずっともがいてた。人に会いたくなかった。

結局、最後の最後まで、サービスしたり気を遣ったりするんだなって思ったんだよね。


来ても声出ないし、ショック受けられても困るし、あちこち管通ってるし、さらにパジャマピンクだし、みたいな。。


それとも、そういうことをたくさん繰り返して、人が徐々に死に近づいたときには、周りの人たちも慣れていくんだろうか。家族や大切な人との間に、気遣い以上の何かが育まれたりするんだろうか。

動物はさ、周りの人に気兼ねしないと思うんだよね。
(あーでも、ネコはよそんちで死ぬか?)


イエスが死ぬときに叫んだ言葉は、かっこいい詩編の言葉じゃなくて、文字どおりダサい呪詛の言葉だったって解釈している人がいて、そーいうみっともなさが許容されたほうがいいなと思ったり。


尊厳死の尊厳が、気兼ねの尊厳だとやだよね。

まとまらないけど。


髪を寄付した若者の話

共著『思春期サバイバル』年明けに続編出るよ(←この左横にある本) 

・ 10000人の医療・福祉関係者にLGBTのニーズを知ってほしい!

・ シノドスに「LGBTと『異常動物のゆくえ』寄稿
   自死対策シンポジウムに出ます

・ LGBT成人式@埼玉に出ます

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同病者(SLE)で先日亡くなった若い女の子のメッセージがブログに転載されていて、とても胸を打たれた。


この病気は一時的に脱毛することがある。彼女は二度目に脱毛していったとき、髪がない小さな子どもたちが同じように苦労するだろうからと、たくさん抜けてしまう前にヘアドネーション(髪の寄付)をした。


基本的に、病気になってよかったことというのはあまりないものだと思っているけど、彼女はその経験をうまく他の人への想像力へと活かしたし、自分がそれでも持っているランク(力)をうまくこの社会のために役立てることができたんだろう。 


ある人々が当たり前に持っているものが、他の人にとってそうでないことに気がつけるのは、とても大事なことですね。


文中から引用。よかったらリンク先全文をどうぞ。


「いや、もっといえば、様々なことで苦しんでいる他の人々に目を向けてほしいのです。


自分たちにはあって当然の物、不必要だと思っている物が思わぬ形で他人を助けることだってあると思うのです。今晩、飲み会で使おうと思っていたそのお金を寄付することで助けられる命があるかもしれません。


この世界は今、悲しいニュースであふれています。

もう疲れました。暴力に対抗できるのは暴力ではありません。小さな親切の和を広げることは、急激には世界を変えないでしょう。


でも、確実にそれは広がっていき、一過性ではない親切の連鎖を生み、少しはましな世界に導いてくれると思っています。」


彼女の生き方を見習いたいと思う。

床を担いで歩きなさい

共著『思春期サバイバル』年明けに続編出るよ(←この左横にある本) 

・ 10000人の医療・福祉関係者にLGBTのニーズを知ってほしい!

・ シノドスに「LGBTと『異常動物のゆくえ』寄稿
   自死対策シンポジウムに出ます

・ LGBT成人式@埼玉に出ます

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さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。 病人は答えた。

「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」 

イエスは言われた。

「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」 

すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。 

その日は安息日であった。


……というのはヨハネ福音書で、どこまでほんとか比喩なのか分からんところ。


病気の治るといわれる泉の近くに来ても、自分は「奇跡の動く水」に触れることなんてできず、そこでもまた後回しにされてしまう病人がいる。


で、病人に起き上がれとか、イエスは片山さつきも顔面蒼白なセリフを吐く。でも、この起き上がれは「お前がお前の希望を作るんだよ」って話だと思うんだよね。


強制された自立ほど胡散臭いことはないけど、その人にしかその人は救えない。イエスが助けたんじゃなくて、この人が自分を助けたんだよね。そう思わせたことが奇跡なんだと勝手に解釈している。ぜんぜんちがうかもしれん。


やっぱ、何かしてくれるんじゃなくて、何かをなし得ることが大事だ。

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遠藤まめた

LGBTの若者支援と自殺対策に取り組むFTMトランスジェンダー。SLE(自己免疫疾患)持ち。

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